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コラム『青畳の記憶』〜OBからの寄稿文〜

第2回: マルチレスラー
八木章裕(平成15年卒)
八木章裕(平成15年卒)
八木章裕(平成15年卒)
四国電力勤務

「バチッ!!」
鳥ももの筋を噛み切った時に出るような低く鈍い音が、両国国技館内に鳴り響いた。
「ゴロゴロッ!」
円形4.55メートルの土俵から吹っ飛ばされ、気がつけば土俵下のマットにむなしくも二つ折りになった体が着地していた。
「ここはどこ・・・?」
自分が今どこで何をしていたのか忘れてしまえるくらいの衝撃だった。

2002年6月9日。当時4年生だった私は、早稲田大学相撲部の助っ人力士として、東日本学生相撲選手権大会に出場していた。
東京学生柔道体重別選手権(5月)が終わって以降、この日に向けて明大中野高校相撲部(平成の大横綱貴乃花、若乃花の出身高校)への出稽古をはじめ、常に暴飲暴食を心懸け、2週間調整を行ってきた。
その結果、同大会2部では名門明治大学を撃破し、3位入賞。
我ら相撲部は、一部リーグに駒を進めたのだった。
対戦相手の日大相撲部は数々の大相撲力士を輩出してきた名門中の名門で優勝候補筆頭。また、一目でそれと分かるカラーのまわしを着用しており、彼らの半径3m周囲は、独特の雰囲気が漂よっているようにも感じられた。
私も小学生の頃、田舎の宮相撲で無類の強さを誇っていたこともあり、人知れず相撲には自信を持っていた。日大戦の私の相手は、3年生の里山浩作くん(その後大相撲の世界で十両優勝を果たし、前頭12枚目まで昇進)、巨漢揃いの日大メンバーの中では小兵力士だった。
決戦前のイメージトレーニングでは、右を意識した立合い後、素早く右手で下手、左手で前褌(まえみつ)を引き、相手が押してきた所を、体を反転させながら下手投げ(2部リーグではその戦法で3戦全勝)。相撲の世界では百戦錬磨のつわものであるが勝負はやってみないと分からない。
ところがどっこい、里山くんの立合いは予想していたよりも遥かに強く、そしてスピード感に溢れていた。
それに全く対応することが出来なかった私は、気がつけば、土俵下でみっともなくも投げ捨て式ジャーマンスープレックスをお見舞いされたプロレスラーのような体勢だった。
「これが一流の立合いか・・・」
力士として、また一人のアスリートとして自分の無力さを思い知った瞬間であった。
 

マルチレスラー01


また、レスリング部で人が足りないと言えば「助っ人レスラー」として試合に参加した。私の柔道のスタイルは、「早稲田柔道:相手としっかりと組合い、足技を中心に一本を取りにいく」を基本とするものの、それに「レスリングテクニック:早稲田大学レスリング部の太田拓弥ヘッドコーチ(アトランタ五輪74kg級銅メダリスト)直伝のレスリングならではの片足タックル等」の相手の下半身に食らいついていく戦法も加えていたため、和洋折衷の試合を展開するようになっていた。

マルチレスラー02



相撲の試合の2週間後、それらの戦術を結集して挑んだ全日本学生体重別柔道選手権大会(100kg級で出場)では、準々決勝で右ひざを負傷し敗退したものの、一回戦の坂本周作くん(秋田経法大)戦では、相手がバランスを崩したところを「押し倒し」。
二回戦の大川康隆くん(東海大)戦も「世界の山下泰裕氏」が、畳横で大川くんに熱く、そして、どんなにか力強い声援をおくる中、私の繰り出した出足払いで大川くんがバランスを崩したところを、間髪容れず全身全霊をかけ「浴びせ倒し」。
「一本!!」
まさしく柔道と、相撲がコラボレーションした瞬間であった。
  
マルチレスラー03


 
相撲の試合で里山くんに頭でブチかまされ首が鞭打ちになったこと。レスリングの試合中に田中章仁くん(史上6人目の学生4冠:全日本学生選手権フリー&グレコ、全日本大学選手権、全日本学生グレコを獲得。その他全日本選抜、国体、全日本選手権を含め7冠王にも輝いた)に後ろから胴をきつく締め上げられ、肋骨から嫌な音がしたこと等などは、思い出しただけでもちょっと痛いが、それぞれの競技で「一流」と呼ばれる格闘家達と「ガチンコ勝負」が出来たことは貴重な経験となった。
そのようなことが体験出来たのは、何に対しても寛容な早稲田に身をおいていただからこそだと思っている。
 
「八木君はマルチレスラーだね」レスリングの試合後、太田ヘッドコーチが私にかけてくれた一言である。その言葉の意味は正直言ってよく分からないが、その称号は、今でも私の誇りである。
 
最後に僭越ながら、現役柔道部の皆さんへ
 早稲田は、自分が求めれば、何にでも挑戦できる所でもあると思います。「枠」に捕らわれることなく、色々なことにチャレンジし、そこで感じたことを一つでも自分のモノにすることが出来れば、そんなに素晴らしいことはないでしょう。
力の限り「ハッスル」してください。
「グッドラック!!」

 追伸:私からの指名は、2年先輩である塩谷耕吾先輩(平成13年卒)です。
  先輩は、「昭和柔道家」を彷彿とさせる、相手を根こそぎ引っこ抜く「移腰」を最大の武器として活躍しまが、その一方で、学生時代に抜いたビール瓶も数え知れないとか。。。

[2010年07月21日]