こんにちは。
2年の中嶋です。
現在、試験期間ということで学生は試験勉強や課題に追われています。
私は今学期、楜澤教授の法社会学?の講義でエールリッヒの「生ける法」という法概念を学びました。これが、なかなか興味深いものでしたので少し紹介させてもらいたいと思います。
エールリッヒとはオーストリアの法学者で、法社会学の父とも呼ばれています。
彼は、社会における人々の行動を現実に規定する規則を、法の一部であると考えました。つまり、彼は国家によって明文化された法規以外のものは「法」ではないとされてきた従来の支配的法概念を否定し、社会的諸団体における規範・規律すらも法の構成要素であると捉えたのです。そして、彼はこの規範・規律を「生ける法」と呼び、国家ではなく社会に起因するこの「生ける法」こそが、真に法そのものを発展させる要因になり得ると主張しました。
私はこの講義を受けて、「生ける法」という法概念が、私たちの柔道部にも確かに存在していると感じました。稽古の日程、その稽古に出ることができない場合の正当な理由(授業や冠婚葬祭など)とそうでない理由(遅刻や寝坊など)及びそれに伴うペナルティ、道場に入るときは正面に立礼をする、道場内では衣服を正しく着るなどなど、柔道部内でのみ通用するルールは他にも数多くあります。
このような、法律の条文のように確定的に要件及びその効果が明文化されていなくとも私たちの行動を律する規範となっているもの、つまり「生ける法」の存在をみなさんは常日頃から感じていると思います。しかし、その中には、普段から意識し当然に順守しているものもあれば、意識せず、つい蔑ろにしがちなものもあるかもしれません。
もうすぐ春学期が終了し、柔道漬けの毎日がスタートします。この節目に、私はこの「生ける法」の存在を改めて意識し直し、それに基づいた行動を選択、実行するように気をつけたいと思います。
少し長くなってしまいました。
少しは法学部っぽいことが書けたでしょうか。
梅雨も明け、いよいよ夏本番です。熱射病にはくれぐれもお気をつけください。
それでは失礼いたします。
参考
「法社会学への誘い」/矢野達雄、楜澤能生 編
京都 法律文化社 2002,5